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バド・パウエル

プロフィール写真として下記に掲載したジャケットフォトは、1951年頃の彼の歴史の中で最も興味深いプレイを展開していた当時の物である。彼の音楽はシルエットとなる部分が前面に押し出され、プレイヤーとしての肖像に関心が向く。そしてジャケットに写しだされるプロフィール写真、、、。アーティストの多くにその傾向は見られるが、その中でもそれが最も顕著な存在。薬物中毒と言われる当時の様々な葛藤。その中で独自の異空間を作り上げる貴重なアーティストであると実感する。

プロフィール写真 BUD POWELL

チャーリー・パーカー(Charles Parker 1920-1953) やディジー・ガレスピー(Dizzy Gillespie 1917-1993)らにより、定着するビバップ(マンネリ化した従来のジャズに対してライブハウスの閉店後、セッションによって楽しまれた音楽から生まれたジャンルと言われている。)スタイルをスウィングミュージックの分野に定着させ、ピアノトリオ(Piano , Drums , Bass の3種の楽器によって構成された物)形式の創始者と言われている。《1924年9月27日~1966年7月31日 Bud Powell 本名:Earl Rudolph "Bud Powell" 》
祖父はフラメンコ・ギタリスト、父もピアニストであり、豊かな音楽環境の中でニューヨークでその才能が育まれる事となる。当初はシリアスミュージックに傾倒しており、アートテイタムの演奏に出会いジャズに興味を持つこととなる。その後Jazz Piano Musician Bud Powellとして活動する。1940年後半からの数年は、彼の生涯の中でも最も積極的な活動時期と思われるが、アルコール中毒であり、更には麻薬にも手を出しており、精神障害を負っていた。しかし、その時期の演奏は「恐ろしくて不気味な気配」という雰囲気が逆にブラックなユーモアとさえ思われるパウエルの持ち味として現在では評価されている。1960年代でのアメリカのミュージック市場のジャズ部門は不況であり、多くの演奏家たちはヨーロッパにその活動の場を移す時期である。彼もその例に漏れずフランスに活動の場を移しており、アメリカの聴衆とは違う環境での音楽活動が幸いして麻薬禍より脱却。しかし、過去に蝕まれた状態は回復せず、1956年に本国に帰る途中に他界、享年41歳であった。

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