デューク・エリントン
(アフリカ系アメリカ人 1899~18974年)
ジャズ・ビッグバンドのスタイルを確立した歴史に残るバンドリーダーであり、ピアニストでもある。1899年アメリカ合衆国の首都であるワシントンD.Cに生まれ、父は当時の大富豪:ミドルトン・カスバード(医学博士)邸宅の管理を任されていたらしく、比較的裕福な家庭のもとに彼の人格が育成されていったようだ。幼少よりピアノを通して音楽教育を受け、高校時代には演奏を通して校内に話題を振りまき、後のエリントンを彷彿させる様相を呈していた。この時期に出会った作曲家から和声楽や対位法などの音楽理論を学び、「私の音楽開始はフラットとシャープの概念を理解することから始まった」と後期に残る名言が示すように、正統派の音楽が彼のスタイルの基本となって掌っていることが伺える。1916年ニューヨークに進出してプロデビューを果し1927年には同市マンハッタン区ハーレムの著名なライブハウスである「コットンクラブ」との出演バンドとしての契約を成立させた。1930年から第二次世界大戦にかけて発表されたコンポーザーであるビリーストレイホーン作の「Take the 'A' Train」のアレンジと演奏は彼が担当しており、この作品が後世にデューク・エリントンのなを残す代表的な作品として親しまれている。

