リー・モーガン
1938年~1972年
LEE MORGANは、1938年7月10日にアメリカ、ペンシルベニア州南東部にあるフィラデルフィアで生まれ、14歳でトランペットに出会い音楽の勉強を始める。ミュージシャンとしての成長は著しく早く、若干15歳でプロとして活動し、56年10月にディジー・ガレスピーのフルバンドの一員となり、58年1月の解散に至るまで在団していました。そこでの活動に於けるソロ演奏が認められ。56年11月にはブルーノートで初のリーダーアルバムを発表した。
58年には代表的な作品として有名な「CONDY」を収録しており、19歳という若年の演奏とは思えない出来栄だった。
同年9月にはアートブレイキー率いるメッセンジャーズに加入。しかし、61年に薬物中毒のため退団、郷里に帰り、ジャズミュージックの世界から遠ざかる。その後63年、ニューヨークに戻り、64年には「サイドワインダー」を録音し、復帰を遂げる。続く65年にはメッセンジャーズに再加入する。
65年以降は、精力的に活動し、多数アルバム発表する。72年2月19日にニューヨークのクラブ、スラッグスに出演中、夫人に射殺されて他界、享年33歳という若さであった。
筆者の最もお気に入りのリーモーガンのプロフィール写真は彼自身のポートレートフォトを前面に打ち出した物ではないが、彼の人生を象徴するかのような、上三分の一が彼自身の画像で、中部分がブラックとレッドのシンプルなフォント、下部三分の一は紙白といった3セクションで構成されたジャケットデザイン。現在、日本の広告業界物のデザインは、その視覚度の調整に悪戦苦闘し、修羅な状況を呈している。そういった最中に出会うこのジャケットフォト、、、。安堵の胸をなでおろす思いだ。

