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レイ・チャールズ

1930.9.23-2004.6.10.

6歳の時、愛する弟を亡くし、その数ヶ月後、緑内障の為に失明。盲目というハンディを背負いピアノと言う楽器を通して音楽を学びながら、盲学校に通う。
その後シアトルに移り、巨匠クインシー・ジョーンズと出会う。当時はレイ・ロビンソンと言う名前で活動し、この頃より麻薬に手を出している。その後、名前を「RAY CHARLES」に改名し、バンドを結成、巡業を行うが、アトランティック・レコード社にスカウトされ契約に至る。

1959年「ホワッド・アイ・ セイ」が初のアルバムとして発売される。それが人気を高める一方で、大胆なゴスペル音楽の解釈法が受け入れられず、敬虔なクリスチャンからは非難されていたようだ。

その後アトランティックとの契約満期を期にABCレコードと契約、その時の代表的な彼の作品「わが心のジョージア」を発表、ミリオンセラーを記録。

しかし彼は、以前に遡ると長期に亘る麻薬常用の暦があり、1965年には3度目の逮捕、のちに更生施設に入所し、麻薬を絶つことに成功。
チャールズはジョージア州が行う黒人差別を反対し、同州でのコンサート開催に当たってのトラブル発生の為、州は彼を追放していたが、のちには州の議会に於いて追放を撤廃し、「わが心のジョージア」を正式な州歌と定めることになる。
1980年には映画「ブルース・ブラザーズ」に楽器店店主の役で出演し、「Shake Your Tailfeather」を演奏する役を演じている。又、その時期にウィ・アー・ザ・ワールドの収録にも参加した。2004年に伝記映画『Ray/レイ』が公開され、レイチャールズ役を演ずるジェイミー・フォックスはアカデミー主演男優賞を受賞。
しかし、2004年6月10日に肝臓病で死去。享年73歳、完成された映画を見ることは出来なかった。

さて、レイチャールズのプロフィール写真だが、波乱な人生を送り、様々な葛藤の中で生んだ彼の作品は、チャールズ自身の生涯の結晶であり、真実であり、アメリカ合衆国の文化が作り上げた最高の音楽であると思う。その彼を象徴するフォトグラフとして、下記に掲載の作品が最も私にはふさわしい物と感じる。偉大な芸術家であった。

ジャズCDジャケットプロフィール写真 RAY CHARLES

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