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Rollins 60's_1

1950年後期は前半に発表した「サキソフォン・コロッサス」「テナー・マッドネス」などのアルバムが高く評価され、その後ブルーノートやコンテンポラリー、リバーサイド等のレコード会社に多数の録音実績を残した。しかし、「テナー・マッドネス」のアルバムでコルトレーンの存在を深く知り、私の浅はかな推測かもしれないが、自身の演奏スタイルになんらかの疑問を感じたのではないのだろうか。筆者はこのコルトレーンとの出会いによって生まれた心理が少なからず影響を与え、50年後期に突然の引退を表明したと考えている。この引退は自己の音楽を見直すものであったらしく、日夜個人練習に励む日々であったようだ。その練習場所となったのはアメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市にある、イースト川のウィリアムズバーグ橋の界隈で行われていた。その後1961年の11月に突然復帰し、RCAビクターレコードと契約を結び、プロデュースにボブ・プリンスを迎え、名ギターリストのジムホールやベースのボブ・クランショウ 、ドラムにはベン・ライリー が加わり50年後期に練習に没頭していた場所に因んで「橋」と名付けたアルバムが発表された。同年に発売されたアルバムは「ホワッツ・ニュー」「アワ・マン・イン・ジャズ」など何れも従来のロリンズには見られなかったアバンギャルドな発想が盛り込まれた作品となっている。




 

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